« 翁草と枝垂れ桜(2014年4月28日) | トップページ | インターネット接続サービスの改善と一部エアコンのリプレース »

柳田國男館(飯田市美術博物館敷地内)

当宿から徒歩5分ほど、飯田城址の長姫神社となりに、民俗学者の柳田國男(1875~1962)の書斎が移築されて、「柳田國男館」として公開されています。

飯田市美術博物館「柳田國男館」

「遠野物語」や「蝸牛考」ほか多数の著作を残し、民間伝承の会や民族学研究所を設立した民俗学の父とも言われる柳田國男氏は、兵庫県出身の民族学者ですが、旧飯田藩士の家へ養子に入ったことで柳田の姓を得ました。

柳田家は元々江戸詰の家であったこともあって、柳田國男も飯田に暮らしたことはございませんが、柳田の家が飯田市江戸町にあり、祖先の墓も飯田市伝馬町の来迎寺にあって、幾度か飯田下伊那を訪れています。

飯田市江戸町四丁目柳田邸跡に保存されている「柳田家の門」

また、本籍を東京へ移すまでは、飯田に置いていました。

後に民俗学者として名声を確立してからも、研究や公演などで度々来飯しています。

そんな縁で、昭和二年に現東京都世田谷区成城に作られた書斎「喜談書屋」が、1989年に柳田家から飯田市へ寄贈されて移築され公開されると共に、「柳田國男記念伊那民俗学研究所」の活動拠点として利用されています。

飯田市美術博物館「柳田國男館」

飯田市美術博物館「柳田國男館」

飯田市美術博物館「柳田國男館」

ちなみに、蔵書は成城大学へ寄贈されています。


「柳田國男館」の隣には、飯田出身の詩人で英文学者でもあった、日夏耿之介(1890~1971)を顕彰する「日夏耿之介記念館」が建っています。

飯田市美術博物館「日夏耿之介記念館」

こちらの建物は、日夏耿之介氏が晩年過ごした愛宕稲荷神社境内にあった邸宅を復元したものです。


近くには、昭和4年に建てられた鉄筋コンクリート3階建ての「追手町小学校」がございます。

飯田市立追手町小学校

飯田市立追手町小学校

旧飯田藩文武所から続く歴史ある場所で、飯田尋常高等小学校、飯田国民学校を経て追手町小学校となり、現在でも児童の歓声が絶えません。


ご紹介した昭和初期の建物群は、すべて飯田城址にございます。

谷川洞をはさんで、当宿の南側に見ることができます。

同じく飯田城桜丸跡に建つ長野県飯田合同庁舎から見た、馬場町方面のパノラマです。

長野県飯田合同庁舎から見る、飯田市馬場町方面パノラマ

谷川が造る洞に国道151号線(谷川線)が東西に走り、対岸の傾斜地には当宿も含む吉野建てや懸造(かけづくり)の家並みが見てとれます。

手前の廃墟は青線跡と聞きますが、真偽を糺してはいません。
数十年の間、長らく放置されていましたが、最近更地とされています。


今日は朝から雨模様。夕方から散歩して、写真に収めてまいりました。

|

« 翁草と枝垂れ桜(2014年4月28日) | トップページ | インターネット接続サービスの改善と一部エアコンのリプレース »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 柳田國男館(飯田市美術博物館敷地内):

« 翁草と枝垂れ桜(2014年4月28日) | トップページ | インターネット接続サービスの改善と一部エアコンのリプレース »